The first things
自宅のPCの前でうたた寝をしていた練は携帯電話の着信音で目が覚めた。電話を手に取り無造作に通話ボタンを押して、机の上のデジタル時計を見ると零が四つ並んでいた。ちょうど午前零時だ。こんな時間に誰だろう。
「……しもし?」
かすれてしまった練の声に躊躇したように、電話の向こうの相手は一瞬の沈黙の後、気遣わし気な声を出した。
「……練?」
その声は麻生龍太郎のものだった。
「……龍?」
「悪い。寝てたのか?」
「いや、ちょっと机で、居眠りしちゃったみたい……」
「調子悪いのか? 鼻声だぞ。寝るならちゃんと布団で寝ろよ」
「寝起きなだけだよ。何、どうしたの」
「うん。その、おめでとう」
「……何が?」
「誕生日だろ、今日」
そういえば、と練は卓上カレンダーに目をやった。日付が変わった今日は自分の誕生日だ。そんなこと、すっかり忘れていた。
「覚えててくれたんだ」
「あたりまえだろう」
自分でも誕生日を忘れてしまうような歳になったというのに、誰かに祝ってもらえると無性に嬉しくなる。その相手が自分の恋人なら尚更だ。だが手放しで喜ぶのも子供のようで恥ずかしくて素っ気ない言葉で練は言った。
「で、何? それ言うためだけに電話してきたの?」
「おまえの」
麻生は一度言葉を切ってから小さく続けた。
「おまえの生まれた日に、初めにおまえの耳に入るのが、俺の声だったらいいと、そう思ったんだ」
麻生の珍しいロマンチスト発言に練は言葉を失った。何も言わない練の沈黙に耐えかねたように麻生が続けた。
「何か言えよ。照れくさくて死にそうだ」
電話の向こうの赤い顔をした麻生を思い浮かべて練は笑みを漏らした。今とても、麻生が愛おしい。今度は素直に自分の気持ちが言葉になった。
「ねぇ、来てよ。会いに来て」
「今からか?」
「うん、誕生日のプレゼント。会いたい」
麻生の姿を想像して体の芯が熱くなる。触りたい。触ってほしい。
「期待されても何も用意してないぞ」
「そんなのいいから、会いに来て。俺の誕生日に、初めに目に写る人間になってよ」
「俺が行くまでに誰か来たりしないのか?」
「目を瞑って待ってるから、早く、来て」
「わかった。すぐに行く」
三十分後。扉の開く音に続いて誰かが息を切らしながら部屋に入ってくる物音。なおも目を開けない練のまぶたの向こうが陰ったかと思うと、唇に湿った感触。そのまま唇を割って入ってきた熱い舌に自分の舌を絡めた。ひとしきり味わい尽くした後、それでも名残惜し気に唇が離れた。そこでやっと瞼を開いた練の目の前には麻生の微笑みがあった。
「誕生日、おめでとう。練」
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せっかくの誕生日なので~。
(20100120)